2017年08月20日

8.19

仕事をてきぱきと終わらせ=明日に棚上げし、急いでシアター・ミラクルへ。
読者諸賢はご存知だと思うが(この表現いいよね)、今『ナイゲン』が上演されているのだ。未見の方は可能なら足を運んで欲しい。
もちろん解釈がどうの、ネタを遂行するという視点からどうの、"作成元"として思うところがないわけではない。冨坂と同じくおれにとっても母校の話であり、今のおれの芝居のスタイルの元となった作品でもある。ここまで濃密な思い入れがある作品は、後にも先にもない気がする。もっと言えばそれはもはや愛憎に近い。自分の手を離れた今でさえ、執着がないと言えば嘘になるだろう。
でもやはりそれは醜い執着で、しかし一方で「こうした方が面白いのに」という批評ももちろんあって、ただそんなことを超えて言えることがある。

自分たちの作品に全力で向き合ってもらえるのは"作成元"として最大のしあわせだ。とくに、『ナイゲン』は。

何度も言っていることだが、『ナイゲン』の脚本には無理が多い。とくに当時演じていた俳優の身体性・キャラクターに依存したネタが多いのは、たとえそれがウチのスタイルだとしても、上演する上での大きな障害だ。また作品のテーマ-笑わせ方-物語の構造という系に関連性が薄く、そのため結構無茶な繋げ方をしていたり、情報量が無駄に多かったりする部分も少なくない。非常に過積載であり、ひとつの戯曲として見ると、歪と言ってもいい。
だからこそ、、、と思ってしまうのはたぶん思い入れのなせるわざだろうが、グッときたのだ。

ナイゲンは「継承と発展」がテーマだ。「受け継がれる意志」の物語だ。その作品が、無数のバージョンとなってこの世で語り継がれる。上演される続けることによって、作品そのものが「継承」を体現していく。
これって、どう考えても素敵なことじゃないか?

そして上演途中で気付いたのだが、今日おれは『ナイゲン』Tシャツを着て『ナイゲン』を観に行く、ガチオタみたいなことをやってしまっている。








posted by 淺越岳人 at 00:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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